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講義保障のこと パート2

さてさて、今日は講義保障の日記の続きを~。

短大入ってまずビックリしたのは、部屋の広さと人の多さ。
それと、教授が一番前に立ってマイクでベラベラしゃべって終わりというのが多いです。
教科書ももちろんないし、学校指定のテキストはあってもそれは参考程度。
だから周りの人は、教授の話を聞いてポイントだと思う所を自分でノートに書いたりしているけど私は聞こえないからそれができません。

だから、どうしよう?と悩みました。

そんな時、先輩たちから「講義保障」があることを聞いたのです。

そして、その頃の先輩たちの多くが自分の大学内の手話サークルの
人にお願いして通訳してもらっている話を聞いて、自分もそうしようと
思ったのです。

しかし次なる問題が発生しました。
手話サークルの人に話をして、通訳をお願いできるようになったけど、その頃同じ短大で私と同じ聴覚障害の人が他にも2人いたのです。
もちろん、私だけでなく他の2人にも通訳をつけないといけません。

といっても手話サークルの人数はそんなに多くもないし、サークルの人にも自分の講義があります。
そこに3人の通訳をお願いするには人数がどうしても足りませんでした。
そこで校内で通訳者を募集し、他のサークルからも人を集めました。

その結果ボランティアサークルなどからも通訳してくれる人が集まりました。
しかし、それでもどうしても通訳者が足りませんでした。

そのため、私は思い切って他の大学からも通訳者を募集してみよう!と思い立ったのです。

そして、私は一人で自分の都内の大学で手話サークルやボランティアサークルがある所を調べ、その大学の人たちに「通訳者の人員が足りないので、あいている人はぜひうちの学校に来て通訳者をしてほしい」みたいな感じでPRしました。

そうやって、他の大学からも申し込んできてくれた通訳者を自分の大学の学生課に紹介し、他大学の人でも通訳者として来ることを認めてほしいとお願いしました。

しかし、学生課からは反対されました。
第一に、大学のプライバシー上無理。
第二に、通訳者へのお礼はどうするのか。
第三に、前例がない。

「前例がない」と言って断られるケースは非常に多いと思います。
でも、私は諦めたくありませんでした。

前例がないのなら、私がその前例になればいい。
それだけのことです。

それに、前例がないということは、言い換えれば、私が自分で思うように制度を作ることができるということです。

だから、何回断られても諦めませんでした。
諦めずに毎日毎日、学生課に通ってお願いしました。

その間は、通訳者がいない講義もたくさんありテストの時などは大変でした。
周りの友達や同じクラスの人からもノートのコピーをもらったりして随分協力してもらえたのでそれはありがたかったです。

そして半年後、やっと学生課の人も折れてくれて、大学外からの通訳を認めてくれるようになりました。
お礼は大学側が謝礼金の代わりに図書券を通訳者に渡してくれることになりました。

こうしてやっと、大学外からの通訳者受け入れも実現したのです。
すごく嬉しかったです。

それと同時に、大学の講義に通訳をつけてもらうだけでもこんなに大変な思いをしなければならないのか・・・と思ったのです。

私は先輩たちがいたから、講義保障のことを知り、そして大学に手話サークルがあったから色々協力して助けてもらうことができたのです。
でも、もし手話サークルがない大学に通ってたら?
そういう先輩たちと出会ってなかったら?

もしかしたら私は短大でも通訳がないまま卒業してしまっていたかもしれないのです。

短大や大学は義務教育ではないので、国や大学が聴覚障害者の通訳などを保障する権利はありません。
ですが、学校に授業料など学費を納入する以上は、自分もその学校の授業を理解し自分の学力を上げるという権利は確かに存在するのです。
したがって、授業を理解するためには通訳が必要になるのも当然のことです。
そして、大学側は学費を取っている以上はその大学に通う学生が何不自由なく講義を受けることができるようにしなければならないという義務が生まれてくるのです。

ですから、やはり国や大学にも聴覚障害者の通訳を保障しなければならないのです。

しかし、私の場合は通訳をつけてもらうだけで約半年もの月日がかかりました。
他の先輩は1年、2年かかった人もいます。

どうして通訳をつけるだけでそんなに時間がかからねばならないのか。
大学生活を楽しむために大学に入ったのに、通訳をつけるだけで時間をつぶしてしまう。それだけで学生生活が終わってしまう。
それでは学生生活を楽しむ権利さえもないのか、ということにもなりえるのです。

それがその当時の聴覚障害学生が抱えていた問題でした。

・・・続く。
次は、その当時やった他の活動について書いてみたいと思います。
(また長くなってしまった。すまんにょ)

コメント

すご~い

頑張ったんだね~
それに比べてあたしははずかしいっ
あたしは美術短大だったから、
そんなに勉強は半分しかなかったから
よかったのかもしれないね。
でも講義の時は友達にノートを見せてもらったり
しただけで、友達とおしゃべりしたり
らくがきしたりして、まったく学ぶ姿勢になっとりません
でした。
はずかち~v-12
でもねここさんがやってきたことは
次に入ってくる後輩に感謝されるでしょう
あ~あたしって何も考えなかったな~・・・
昔は耳が聞こえないだけで入学反対されたり
とかもあったなんて、
ホントに恵まれてたんだなぁ・・・
また話聞かせてね!!

2005/11/16 (Wed) 14:36 | Miz #- | URL | 編集
こんちゃ!

>Miz

はろはろ~~~こんちゃっす。

そうだねぇ、美術系の大学とかやったら実習の方が多いしちゃんとした講義とかってあまりないらしいしねぇ。
だからそんなに通訳とか考えなくても良かったかもしれんねぇ。
それはそれでいいと思うよ!
大学によって違うと思うから。

ほんじゃまた見に来てね~。

2005/11/20 (Sun) 02:31 | ねここ #- | URL | 編集

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